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ジパング
語源については、「日本国」を中世の中国語で発音した音[1]が語源とされ、ヨーロッパにはマルコ・ポーロが Cipangu(あるいはChipangu)として最初に紹介したと言われる。なお10世紀頃から地理学者イブン・フルダーズ=ビフ Ibn Khurd?dh-Bih などをはじめアラビア語・ペルシア語の地理書において、後のジパングにあたると思われる金山を有する島(国)、ワークワーク(???????? al‐W?qw?q, 倭国か)について都度都度言及されている。 現代の多くの言語で日本を意味する Japan/Japon/Giappone/Yaponiya などの言葉は、一般にジパングが語源とされるが、ポルトガルが到達した16世紀頃の東南アジアで日本のことを中国語からの借用語で Japang と呼んでいたことに由来するという説など、異説もある。 日本ではマルコ・ポーロが紹介した事実が非常によく知られており、日本の一種の別名としてとらえられている。
◆引用 フリー百科事典 Wikipedia
「ジパング」(2012年04月06日 (金)12:00 UTCの版)『ウィキペディア日本語版』

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マルコ・ポーロの伝えたジパング
マルコ・ポーロの『東方見聞録』は、以下のように伝えている。
ジパングは、カタイ(中国大陸)の東の海上1500マイルに浮かぶ独立した島国である。莫大な金を産出し、宮殿や民家は黄金でできているなど、財宝に溢れている。人々は偶像崇拝者で外見がよく、礼儀正しいが、人肉を食べる習慣がある。 モンゴルのクビライがジパングを征服するため軍を送ったが、暴風で船団が壊滅した。生き残り、島に取り残された兵士たちは、ジパングの兵士たちが留守にした隙にジパングの都を占領して抵抗したが、この国で暮らすことを認める条件で和睦して、ジパングに住み着いたという話である。 中尊寺金色堂 ジパングのモデルになったとされるマルコポーロが伝え聞いたジパングの話は、平安時代末期に奥州藤原氏によって平安京に次ぐ日本第二の都市として栄えた奥州平泉の中尊寺金色堂がモデルになっているとされる。当時の奥州は莫大な金を産出し、これらの財力が奥州藤原氏の栄華の源泉となった。 マルコポーロが元王朝に仕えていた13世紀頃、奥州地方の豪族安東氏は十三湖畔にあった十三湊経由で独自に中国と交易を行っていたとされ、そこからこの金色堂の話が伝わったものとされる。
◆引用 フリー百科事典 Wikipedia
「ジパング」(2012年04月06日 (金)12:00 UTCの版)『ウィキペディア日本語版』

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